最終章で紐解くのは、12の楽曲について。
ガットギターとスチールギターに、ギターバンジョーも加わり、ギタリストとして新たな扉を開いた今作。
パーカッショニストの豊田稔、ウッドベースの砂山淳一という強力なメンバーを迎えた楽曲制作について、じっくり語ってもらいました。

制作をしながら、自分の人生と向き合っていった

Text:池村季子

——まずは、楽曲の制作を終えた時のお気持ちから聞かせてください。

「アコースティック楽器だけを使ったので、“突き刺さる”というよりは“包み込む”ような1枚になったと思います。最初の頃はコンパクトに8曲ぐらいでと考えていたのですが、どんどん曲が増えていっちゃって(笑)。意識したのは、“とにかくシンプルに”ということでした。色々な音を混ぜて完成する世界観もありますが、シンプルなほうがギターの音の余韻を出せると思ったので、パーカッションのミノック(豊田稔)と、ウッドベースのスナパン君(砂山淳一)との3人編成にしたんです。あとは、ミュージシャンとして成長したいという思いもあって、ギターを伴奏しながら同時にメロディーを弾くことにも挑戦しました」

——曲によっては3人編成とは思えない重厚感がありますね。

「少人数だからこそ、いい意味で曲に隙間ができたんでしょうね。だからウッドベースよりもふくよかに聴こえるし、パーカッションもより力強く聴こえるんだと思います」

——音を足していくより、引いていくほうが大変ですよね。

「シンプルにと思いつつも、やっぱりストリングスやピアノがあったほうがいいのかなと迷った時期があって、ほかの楽器を入れた曲もあるんですよ。でもコンセプトが決まってしまえば、その中で表現するしかないので、割り切って音を引いていきました。あと、これは後づけですが、コンセプトストーリーの登場人物が3人なので、これはもう3人だけの音にしようと思いましたね」

——一番古い曲が、16年前に作った『青空』だそうですね。

「この曲は、ただ家で弾くために作った曲だったので、作品にするつもりはなかったんです。でも2018年の『NAKED MOON』ツアーのファイナルで弾いた時にすごく良かったので、アルバムにいいかも、と。大事な人を亡くした心情を歌っていて、悲しみを乗り越えて前を向く感じがアルバムのラストにふさわしいなと思いました。今作に入れようと決めてからは、それまで煮詰まっていたアルバムの世界観が一気に広がりましたね」

——歌詞は当時から変わっていますか?

「ほとんど変えていません。昔から死生観みたいなものを考えるのが好きで、親父を亡くしてからは、作品性がそっちに寄ってきたんです。よく考えたらアート作品の時にお話しした月や星みたいに、誰しもに共通するキーワードという意味で言うと、生死って誰もが向き合うことじゃないですか。悲しい別れも自分だったら曲で浄化したいし、聴いてくださる人と感情を共有したいので、そういった想いから、この曲ができていったんだと思います」

——『ありふれた物語』という楽曲にも、その想いが繋がりますね。

「選ばれし天才だったら別ですが(笑)、僕は普通の人間で、だからこそ共感してもらえる部分があるんじゃないかなって。でも“普通だ、普通だ”っていっても、みんな色々ありますよね。どの人生もかけがえのない人生で、大事なのはそこなのかなと思います」

——普通でいられるってとても幸せなことですが、実は難しかったりしますしね。

「そう思います。ある部分は幸せでも、別の部分は不幸だったりして、100%幸せって難しいなぁって。小さくてもひとつの幸せにフォーカスしてハッピーに過ごすのか、ささいな幸せだと思って気にしないでいるのかで全然違うと思うんですよ。この作品を作って余計に幸せについて色々考えましたし、“じゃあ、ありふれた明日ってどんなんだろう?”と、制作をしながら自分自身の人生と向き合っていった感じがあります」

——2曲目の『星追いの少女』も歌入りの楽曲ですが、この曲はどうやってできたのでしょうか?

「近年って例えばコールドプレイやザ・チェインスモーカーズみたいにピアノの和音感で構成された曲が多くて、それを何とかギターで出せないかなと思って作ったのが、この曲のリフで。いわゆるクローズボイシングというオクターブ内で収まる和音感といいますか。ピアノだったら隣同士の指で弾けるのに、ギターだと弦が6本だから、ピアノに置き換えると指が広がってしまう。それをなるべく小さくした音で作りたいなぁと思った結果、切ない感じのリフができました。かつ、ギター1本でも成り立つようにと思って作った曲ですね」

——アウトロのギター・ソロが超絶ですね。

「フラメンコっぽい情熱感があって。ミノックが音を色々重ねてくれたので、切なさの中にも盛り上がりのある曲になったと思います」

——その対になる曲が、ギターだけの独奏曲『星飼いの少年』。

「独り言みたいな曲にしたいなと思ったので、ギター1本で孤独感を表現しました。それと同時に、思い出と一緒にいる安心感も表現しつつ、優しくて切ない曲になったと思います」

——この曲は、ミックスまで全てプライベートスタジオで行なったそうですね。

「仮ミックスを聴いたエンジニアさんが、『この感じはエンジニアには出せないから、このままでいいと思う』とおっしゃってくださったんです。エンジニアさんは“聴き手メイン”で作るけど、僕の場合は“弾き手メイン”で作るから、ギターを構えている上からの音をイメージしてミックスしていて、それが逆に面白かったみたいですね。より近くで弾いている感じが伝わるんじゃないかなと思います」

——インストだからこそ、聴く人の中に自由にイメージが広がりますね。

「インストの魅力のひとつって、そこだと思うんです。言葉がないからこそ自然に泣けたり、自分を重ねやすい。1曲目の『おもひで流星群』も同じくインストで、音で流星群の様子を表現しました。スティングのサポートをしているドミニク・ミラーというギタリストが好きで、スティングの曲にギターのアルペジオをフィーチャーした曲があるんですよ。そういう“切ないけれどリフとして成り立つような曲”を作りたいなと思ってインスパイアされてできたのが、この曲です。ナイロンギターを使っていて、とにかく手がめっちゃ速く動く曲で、結構練習しましたね。普段はピックで弾くことが多いのですが、今作は全曲指で弾いているんですよ。爪という肉体を削りながら弾くことで、より激しくて優しい音が表現できたと思います」

——指で弾くとなると、爪のケアも大事になりますね。

「爪の長さはまだまだ研究中ですが、ライブとレコーディングの時は、付け爪を付けるためのグルーを右手の指に付けています。中にはジェルで強化する方もいらっしゃいますが、ナイロンギターってほんと繊細で、音がちょっとのタッチで変わっちゃうので、僕は自爪で弾くことにしていて。初めてナイロンギターをメインに使ったのが5枚目のアルバム『ふるさと』で、その時は肩がつるぐらい練習しました。姿勢も音に左右されるし、弾く時の足の組み方もアコギとは違うし、ギターの師匠がいるわけではないので、試行錯誤しながら練習していって、ナイロンギターの弾き方がやっと最近、自分なりに分かってきたかなと思います」

——同じくインストの『最初の晩餐』は、ギターのメロディーラインが印象的な曲です。

「ほかと比べると、ポップで異色の曲ですよね。もともとはゴージャスに色々音が入っていたのですが、メロディーがちゃんとしているから、少ない音でも成り立つなと思った曲です」

——タイトルから想像するに、一緒に暮らし始めたふたりが初めてとる晩餐の様子を描いた曲でしょうか?

「そうです。タイトルどおり、ちょっとウキウキした感じが出ていると思います。インストってタイトルが大事で、タイトルが“鍵”だとしたら、その鍵でどの扉を開けてもらうかだと思うんですね。この曲は“最初の晩餐のウキウキした気持ち”というドアを開けてほしかったので、タイトルを思いついた時、曲にピッタリだと思いました。コンセプトストーリーの中にも登場人物のふたりがハムとチーズを食べるシーンがあるので、そこともリンクしています。」

——では、同じくインストの『黒い白鳥』はいかがでしょう?

「伴奏しながらメロディーを弾くというパターンの曲で、ライブではだいぶ変化するんじゃないかな。あとこの曲、最初の頃は試しでストリングスを入れていたんですよ。でもやっぱりシンプルを追求しなくてはダメだ。男を貫こうと思って(笑)、3ピースでめまぐるしくアレンジが変わっていく様子に変えました。イメージ的にはもう少し優しい曲だったのですが、ほかの曲に比べて小さいスタジオでレコーディングしたので、音がダイレクトに響くからか、いい意味でパワフルな演奏になったと思います」

——そして7曲目の『Sweet & Bitter Days』は、タイトルどおりオシャレなアレンジですね。

「スタッフさんに『ボサノバっぽい曲があってもいいんじゃない?』と提案されて挑戦した曲です。ギターを3本使っているのには理由がありまして。物語の男女に子どもができたという設定で、高音を最後に加えたんです。この曲もプライベートスタジオでミックスしたので、リラックスしたトーンが伝わると思いますね」

——リラックスしつつも、曲の終わり方が強烈という。

「暖かな日々がスパッと終わってしまう様子を表現したかったので、あの終わり方に(笑)。次の『目眩』がジャズっぽい曲で、エンジニアさんがおどろおどろしく装飾してくれたので、ミックス的にも楽しめると思います。あと、『目眩』はレコーディングで3人とも自由に弾いたので、ライブも楽しいと思いますよ。ミノックとスナパン君だからこそ挑戦できた曲ですね」

——もう1曲のインスト・ナンバー『涙の海、越えて』は、逆に穏やかでとても優しい曲になっています。

「この曲は、メンバーやスタッフさんから人気があるんですよ。レコーデイング作業中じゃなくても無意識にリピートしたくなるって。歌がなくてもポジティブな想像をしてもらえるような曲にしたかったので、聴いてくださる方が一歩を踏み出せる力を、この曲から感じてもらえるといいなと思います」

——そして『美しい瞳』と『どんぐり』は歌入りのナンバー。『美しい瞳』はニューウェーブ的で、『どんぐり』はタイトルどおり、かわいらしい曲になっています。

「ここ最近の80年代的なノリがすごく好きで、そこが上手く表現できればいいなと思って作ったのが『美しい瞳』です。ちょっと懐かしい感じもしつつ、曲の物語としても面白くしたいなと思ったので、1番と2番で男女の視点を入れ替えた歌詞にしました。エンジニアさんに色々遊んでもらった曲でもあって、ヘッドフォンで聴くと、それがよく分かると思います。『どんぐり』のほうは、愛おしいものを見る目線で書いた曲なのですが、なぜ“どんぐり”なのかには理由がありまして…。気づく人は気づくと思うので、色々想像を巡らせていただければと(笑)。あと、それとは関係なく、どんぐりって単純にかわいいじゃないですか。なので、冬を越えて大きく育ってほしいという親心のようなものを込めた曲にもなっていますね」

——『どんぐり』では、スチールギターのほかにギターバンジョーも弾いているそうですね。

「スナパン君の提案で初めてギターバンジョーを使ったのですが、すっごい難しくて全編弾くのは無理でしたが(笑)、 部分的に入れたことで程良いカントリーっぽさが出て、いいフックになったと思います」

——お話を聞いていると、今回の制作は、砂山さんと豊田さんの存在が相当大きかったみたいですね。

「スナパン君はライブではバンマス的な立ち位置でリードしてくださるので、すごく頼りになりました。人柄もプレイも素晴らしいし、今作では完全に彼の音が鳴っていますよね。『おもひで流星群』ではミノックから借りたスティックでベースを叩いたり、アバンギャルドなこともやっていて、絶対音感があるから、頭に浮かんだ音がパッと弾けちゃう。僕の音楽を噛み砕いて上手く表現してくれたと思います。ミノックは、パーカッショニストという言葉では表せられないぐらいオンリーワンな人で、もはや“パート=ミノック”ですね(笑)。歌心もすごくあって、曲に対する懐が深いんですよ。レコーディングの時点で彼の中でストーリーが出来上がっているから、レコーディングも速い。最小限の編成でしたが、スマパン君とミノックと一緒にやれたのは心強かったですし、プレイヤーとしてこの先、自分がどう変われるかが見えたと思います」

——1月下旬からスタートする3人でのライブも、とても楽しみです。

「ひとりの時は、優しさや切なさを表現したステージだったんですよ(昨年11月に開催された『NAKED MOON2 –星追いの少女-』について)。今回はミノックとスナパン君がスリリングな演奏をしてくれると思うので、僕も自然と熱くなりそうですね(笑)。2月11日のヒューリックホール東京の公演は、“MUSIC THEATER”というタイトルどおり、ここでしか見られないドキュメンタリー映像を流したり、今作で使ったアート作品を展示しようと思っています。ステージもジャズクラブとはまた違ったゴージャスなものになると思うので、楽しみにしていただきたいですね」

——個人的には、星を見ながらAKIHIDEさんの奏でる音を聴いてみたいと思いました。

「夏の富士山5合目あたりって天の川がすごく綺麗なので、そこでライブするのが夢です。天気の問題もあって、なかなか難しいと思いますが、いつか実現できればいいですね」

——では最後に、ファンの皆さんにメッセージをお願いします。

「どこにでもいる人間が自分と向き合いながら作っていった作品なので、皆さんの中にあるストーリーとリンクする部分が、何かしらあると信じています。自由に感じてもらうのが一番ですが、自由の先に楽しめる要素もところどころ隠れているので、色々な楽しみ方をしていただけると嬉しいですね。生きていく中で色々な出会いと別れを経験して立ち止まることもあると思いますが、この作品が一歩踏み出す力に少しでもなればいいなと思います」

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