氷の星の大気圏に突入して分厚い雲の層を抜けると、眼下には白い大地が広がっていた。果てしない雪の平野に、まるで美しい白肌に残酷についた傷口から噴き出す血のように赤い炎が揺らいでいた。その上空には無数の黒い竜が飛び回り爆弾を振り撒いている。僕達の宇宙船は見つからないように街外れを目指していた。
「ランデヴーポイントはコードネーム"白猫"だ」
 無線機から声が聞こえた。宇宙船は大きく旋回すると吹雪の吹き荒れる平原へと着陸した。
「よし、行くぞ。絵描きよ」
 カエルの法王は僕の肩を叩き、降車口へと急いだ。着慣れない戦闘服で時折転びそうになりながら後を追う。エアロックを抜け、ドアが開くと吹雪が雪崩れ込んでくる。雪原に足跡をつけながら、法王と十人ほどの護衛と共に視界の悪い吹雪の中を進む。しばらく行くと小さな丸い山が見えてきた。山頂には大きな氷柱が二つ並びそびえ立っている。確かに白い猫みたいだな。僕がそんなことを思っていると急に目の前にひとりの兵士が現れた。
「どうぞ、こちらへ」
 彼は僕達を山の横にある洞窟へと案内した。洞窟内は思ったより暖かい。二十名ほどの兵士がいた。みんなが中央に置かれたテーブルを囲む。テーブルの上には氷の星の地図や何かを表示している計器などが置かれている。先ほど先導した兵士が言った。
「まさか父上が直々とは」
「これ、キャップよ。父とは呼ぶな」
「失礼いたしました。法王様」
 その兵士は敬礼をして右足を踏み鳴らす。靴が乾いた音を洞窟に響かせた。
「こんな時でもお前はその靴を履いているのか?」
「はい、父…… いえ、法王様から頂いたこの靴が一番動きやすいので」
 兵士はそう言うとマスクを外した。法王とそっくりな青年がにこやかに笑う。
「変わり者じゃな」
 法王も笑い、僕へ向き直る。
「この者らは我ら水の星の特殊部隊だ。ちなみにこの部隊のリーダーはわしの息子、キャップじゃ」
「お久しぶりです。絵描きさん」
「久しぶりって、え! 君が…… そうだったのか」
「法王様の命令を受けて、氷の星の監視をしておりました。婚約のパーティーからこの星にいましたが、まさかこんな事になるとは…… 」
 キャップは表情を固くした。キャップの事は知っていた。何度か一緒に水の星の原生生物を探す仕事をした事がある。落ち着いた優しい好青年だと思っていたが、まさか兵士だったとは。僕は見慣れない固い表情をしているキャップに聞いた。
「姫は、街はどうなってるんだい?」
「炎の星の軍勢は竜に乗り、氷の星の街を破壊しています。無論、氷の星も主力の機械兵団と民間兵で対抗していますが難しい状況です」
 沈黙が一同に流れる。
「ですが、姫様のいらっしゃる氷の城はまだ無事です。強力なシールドが張られていますので」
「……良かった」
 僕は安堵した。
「でも、そのシールドが問題なのです。誰も通れないので助けにも行けません。何か抜け道があれば良いのですが……」
 また沈黙が広がる。みんなが難しい表情をしている。僕はその時、ある事を思い出した。
「もしかして知っているかもしれません。姫と祭りに行く為に城から抜け出した事があります。その秘密通路なら……」
 それを聞いてカエルの法王が咳払いをして言った。
「ならば、キャップ。お前の部隊の精鋭と絵描きで姫達を秘密裏に助け出せ。他の者は、もう直ぐやってくる水の星の者達と共に民間人の救助に当たろう」
 キャップは驚いた顔をして
「絵描きさんもですか? 無理じゃないですか」
 と僕を横目で見た。僕は胸を張る。
「キャップ、大丈夫だ! 僕が案内する」
 キャップは僕の足元を指差す。
「その震えは武者震い? それともブレイクダンス?」
 確かに僕は震えていた。寒いだけじゃ無い。戦場に行くなんてとても恐ろしい。でも姫を助ける為なら……
「こ、これは戦う前の準備運動さ!」
「まあ、とにかく自分の身は自分で守ってください。大変な任務なりそうだから」
 キャップはそう言って肩をすくめた。突然、大きなしゃがれ声が響く。
「いいじゃねえか、その感じ! 恋してるって感じだな! ガハハ!」
 その声の主はキャップの後ろにいた身体の大きな兵士だった。彼はマスクを外して
「俺はゲコ。力なら負けないぜ」
 そう言って僕の肩を小突く。思いの外の強さで、後ろに倒れかける。
「はいはい、ゲコ。やりすぎですよ。加減を知らないといつも言っているでしょう」
 細身で背の高い兵士がマスクを外しお辞儀をした。
「私はフロッグ。素早さなら私にお任せを」
 僕もお辞儀を返した。すると急に耳元で吐息を混ぜた囁き声がした。
「ヌフフ。オイラはピヨン。隠密行動は大得意でヤンス」
 いつのまにか隣にいた小柄な兵士に驚き転んでしまった。地面に倒れた僕にキャップが手を差し伸べる。
「という事でこの四人、水の星の特殊部隊の精鋭と共に我らの姫様を助けに行こう!」
 僕はキャップの手を握り立ち上がる。
「よろしくキャップ。そしてみんな」
 僕は洞窟の外を見た。強い吹雪。この星が怒っているかのようだった。僕は拳に力を込める。

「君のいる場所へ、ねえ行くから」

 氷の星はもっとも過酷な環境の星だ。年中、吹雪が吹き荒れ、資源も少ない。その為、他の星と比べて街の数も少ない。氷の城がある首都を中心に、小さな街が放射状に点在するのみだった。それぞれの街はドームにより、吹雪から守られている。それでも街中はとても寒い。だから、この星の星人は寒さに耐える為に白い体毛に包まれ、うさぎの様な長い耳を持っている。それは遺伝子の改造によるものだった。そんな氷の星人も数は少なく、環境に耐えうるロボットが大量に配備されていた。氷の城に住む氷の王族は、遺伝子改造がされていない唯一の純粋な人間の末裔で、三惑星の星人の象徴として敬われている。その王族を守る為、ロボットによる守備と他の星から手厚く資源が輸送されていた。王族が住む氷の城は、何処よりも強く分厚いシールドに守られている。その城を守り囲むように首都が広がっていた。首都にも十分な装備が施されていたが、炎の星の軍勢は遺伝子改造で産み出された”竜”という強力な生物兵器により、首都をほぼ占領しつつあった。竜は強力な炎を吐き、鉄の雨とも言えるほどの沢山の爆弾を落とし、人々を傷つけ、街を破壊し尽くしていた。そんな血と炎で赤く染まった街を僕達は進んでいった。

 僕はあまりの惨劇に何にも考えられなくなっていた。真っ赤に染まる街角。ここは確か、姫と祭りに来た時に踊った広場だった。
「立ち止まったら見つかるぜ」
 ゲコが肩を叩いた。僕はつんのめる。
「うん、行こう。この先だ」
 僕達は瓦礫の山に隠れながら道を進む。小さな丘が見えた。姫と語り合った丘だ。昨日のことのように思い出せる。でもそこに君はいない。

 しばらく進むと悲鳴のような音が聞こえた。壁に隠れる。先にある半壊した建物の中から竜の影が見えた。
「どうする? 助けなきゃ?」
 僕は言った。自分の声が震えているのが分かったけど止められない。耳元でピヨンが囁く。
「そんなにビビってるなら、言うんじゃないでヤンス」
 ゲコが続ける。
「今は城へ急がなきゃだぜ」
「でも……」
 何もできない自分が情けなかった。すると横にキャップが来た。
「とは言いますが、確かにここで見捨てちゃ、俺達らしく無い」
 そう言うと素早く走り出した。
「あ、ずるいですよ!」
 フロッグが後を追う。とてつもなく速い。そしてゲコとピヨンも続く。

 彼らが走り去って一瞬の沈黙の後、竜の断末魔のような声が聞こえた。そして大きな音が響く。僕は震える重たい足を引き摺りながら、一歩一歩進んで行った。そっと建物を覗き込むと、中には血に染まった大きな竜が倒れていた。キャップ達は戦った後とは思えぬくらいに何食わぬ顔で周りを探索している。すると、隠れていた民間人が一人二人と出てきた。
「皆さん、ここから南に行けば水の星の救助船が来ますのでそちらへ」
 キャップがそう言うと人々は頭を下げた。
「ありがとうございます」
 そうして建物の外へと出ていった。それを見送った後、ゲコが大剣を構えながら言う。
「念の為、この建物を探索する。あんたはここで待っててくれ。敵は手負いだからまだ逃げ切れてないだろうぜ」
 それを合図にみんな足早に闇に消えていった。

 はあ、僕は力が抜けてその場に座り込んだ。あまりに息苦しかったのでマスクを外した。その時、隣の部屋から音がした。な、なんだ? まだ隠れている人がいるのかな? 僕は恐る恐る隣の部屋に向かった。
「おーい、誰かいますか?」
 音はしない。気のせいだったのか。ほっと息を吐いたその時、後ろから急に首を掴まれ倒された。羽交い締めにされ、あっという間に首元にナイフが当てられている。
「あんた、炎の星の人だね! よくもやってくれた! 恨みを返させてもらう!」
「待って待って! 僕は炎の星人だけど、敵じゃないんだ」
 すごい力で首を閉められる。ああ、気が遠くなる。でも張り付いた敵の胸に柔らかさを感じた。もしかして……
「そう言ってあんたらは沢山酷いことしたじゃない!」
 やっぱり女性だ。なのになんだこの力の強さは。首を絞める彼女の声に泣き声が混じっているのが分かった。
「辛かったよね。分かるよ。こんなの間違ってるんだ」
「あんたが言うな!」
 朦朧とする意識の中、目の前にある部屋の入り口に誰かが立っているのが見えた。あれキャップかな。助けて、いや、違う?
「ゔぁ、ゔ。よくもやってくれたな…」
 そいつは大きく手を振り上げた。その手には斧があった。やばい、さっきの竜に乗っていた兵士だろう。まだやられていなかったんだ。その時、彼女の手が緩んだ。僕の身体は考えるより早く動いた。目の前の炎の兵士を押し倒す。斧が落ちて鈍い音を響かせる。僕は兵士の身体に馬乗りになった。
 「今のうちに逃げろ!」
 彼女は立ち上がり背後の物陰に消えた。今度は兵士が僕を押し返して馬乗りになった。動けなくなった僕の顔を両手で押し潰そうとする。
「てめえ、炎の星人じゃねえか!」
 兵士が叫ぶ。
「そう、そうだとしてもこんな事はしちゃダメだあ!」
 僕は精一杯抵抗した。兵士は叫ぶ。
「炎の皇子の命令は絶対なんだよ! おい!」
 僕は殴られた。一瞬で気が遠くなる。でも、ここでやられたらあの女性も助からない。僕は必死に耐える。また殴られる。ゴーグルも吹き飛ぶ。
「はあ、はあ。てこずらせるな。さあ、お終いだ」
 そう言うと兵士は瓦礫を掴んで高々を掲げて僕に振り下ろそうとした。ああ、終わりだ! そう思った時に兵士は驚いた顔で僕を見つめて動きが止まる。
「てめえ、その瞳は……」
 言いかけたその時、さっきの女性が銃を構えて飛び出てきた。
「打つわよ」
 でも兵士にはその声が届いていない様だった。兵士は震えて僕の事を見つめていた。次の瞬間、兵士のこめかみに矢が刺さった。兵士の目が光を失う。手に持っていた瓦礫が僕の顔の真横に落ちる。そして兵士は僕の横に倒れた。
「危なかったですね」
 フロッグが弓を抱えて近づいてくる。他のみんなも戻ってきた。
「でも勇気ある行動だったみたいじゃないか。見直したよ。絵筆を持つだけじゃなかったんだ」
 キャップが僕の胸を拳で突いた。はは、と力なく笑って答えてゴーグルを付け直す。僕達の前に彼女がやって来た。彼女はヘルメットとマスクを外した。とても綺麗な白い耳が背伸びをするように真っ直ぐに立つ。長いまつ毛を携えた瞳は綺麗な青色だった。
「ごめんなさい、あなたは敵じゃなかったのね」
「いや、しょうがなかったさ。でも君は大丈夫だった?」
「うん、ありがとう」
 彼女ははにかんだ。
「私はラヴィ。この星の民兵団に入っているの。生き残った人はみんなシェルターに逃げたけど、私は逃げ遅れた人を探していたの」
「僕は絵描き。絵を描いて旅してた」
「なのにこんなところに? 戦場の絵でも描きに来たの?」
「いや、姫達を助けに今から城に向かう。そして彼らは水の星の精鋭部隊だよ」
 キャップは一度微笑みお辞儀をすると、落ち着いた声で言った。
「もうすぐ我ら水の星の救助隊が来ます。あなたは先ほどの人達と共に避難してください」
「わかりました。氷の城のシールドはとても強力です。でも、これから炎の星の皇子が来るそうです。何をするかわからない奴です。姫様達は私達にとって大切な方々。どうぞお守りください。そして、どうか気をつけて」
「ありがとう。ラヴィ、君も気をつけて」
 僕達はラヴィに手を振り、その場を後にした。

 氷の城の前には広場があった。中央に大きな城門があり、その上部には遠い昔にあったとされる時の女神像が形どられている。その門の前には炎の軍勢がいた。門まで覆うように城の周囲を虹色の光の膜が包み込んでいる。これがシールドだ。兵士達は竜に炎を吐かせて、この破けぬ光のカーテンに向かって体当たりをさせている。
「あの派手な格好で暴れている奴らは炎の皇子の側近達、炎の八部衆だ。彼らは他の兵士より強い。まあ俺らの次ぐらいだけど」
 キャップがそう言うと僕以外のみんなはニヤッと笑った。
「でも、奴ら六人しかいませんぜ」
 ゲコが言うとキャップが頷いた。
「ああ、どこかに潜んでいるか、炎の皇子と共に来るのか……」
 八部衆は僕達に気付く事なく、叫んだり笑ったり、時折変な調子の歌を歌ったりしながらシールドへの攻撃を続けている。
「秘密通路はどこでヤンス?」
 耳元でピヨンが囁く。声と共に息がかかって鳥肌が立つ。
「こそばいなぁ、普通に話してくれよ」
 僕はピヨンを睨む。ピヨンはそんな僕を怖がるフリをして薄笑いを浮かべる。僕は気を取り直して壁の先を指差す。
「この壁沿いに西側へ行くとロボットの詰所がある。その中だ」
「なるほど、王族を守るロボットなら姫がそこを通ったってお咎めしないでしょうね」
 とフロッグが顎をさすりながら頷いた。
「よし、このまま向かおう」
 キャップがそう言った時だった。背後の建物の上に誰か立っていた。
「テ、テキ、ハッ、ケン!」
 壊れかけている氷の星のロボットが、頭にある赤いライトを光らせてサイレンを響かせる。ゲコが舌打ちをする。
「くそ! イカれているのか! パスコードが効かねえ。俺らも敵判定か」
 そう、僕達は氷の星のロボットに敵と判断されない為にパスコードをプログラムしたカードを装備していたが、それが効かなかったのだ。この状況に気付いた炎の兵士がこっちに向かってくるのが見えた。フロッグは矢を抜いて弓を構える。
「ひとまず私達が引き付けます。キャップと絵描きさんは通路を抜けて城へ」
「おうよ、見せてやろぜ」
 ゲコが自分の胸を叩き、大剣を抜いて構えた。
「姫さんとよろしくでヤンス」
 耳元でピヨンが囁く。
「もう、くすぐったいよ! いいかんげんにしてくれピヨン!」
 僕は肘で突き返そうとしたが、そこにもうピヨンはいなかった。というより三人ともすでに建物に飛び上がり、ロボットのケーブルを切り裂いて行動不能にしていた。そして炎の兵士の方へ向かって走り出していた。
「そんな……」
 僕は彼らのあまりの素早さと囮になる勇気を目の当たりにして動けなくなってしまう。自分は今、どうすべきか。するとキャップが落ち着いた声で言う。
「行こう。彼らの想いを無駄にしない為に」
 その言葉に我に返る。そうだ、行かなくちゃ。振り返って先へと道を急いだ。

 右手に背の高い城壁が続いている。そこから少し離れるようにロボットの詰所があった。竜に焼かれたのだろう、真っ黒に煤けていた。中は大丈夫だろうか。不安は過ったが、詰所に入った。中には壊されたロボットや機材が散らばっていた。運良く、秘密扉のある辺りは散乱しているものが比較的少なかった。キャップと二人でそれらをどかし扉を見つける事が出来た。
「よし、行こう」
「彼らは大丈夫かな」
「大丈夫。あいつらとは子供の頃から共に育ってきた。どんなに強いか、どんなに逃げ上手か、俺は知っているから」
 キャップは笑ってそう言うと扉の向こうへと消えていった。
 「そうか、幼馴染なんだね」
 僕は胸が痛くなった。大事な友を置いてくる気持ち。それを思うとやりきれない。でも、今は進まないと。僕はキャップの後に続いて扉の先へ降りた。

 青色の非常灯が連なる隠し通路。ここには戦争を感じさせるものはなく、ただ静かに淡々と続いていた。
「ここが大丈夫なら、すでに逃げていたりしないのかな?」
 もちろん、会いたい。でもそれより姫には無事でいて欲しかった。淡い期待を込めてキャップに聞いた。
「それはないだろうな。姫様は少しでも民を救う為に我らに救助要請を出したし、民を勇気付ける為に城からメッセージを送ったり、強力なシールドの内側とはいえ、敵と目と鼻の先にある回廊まで出てきたりしていたから」
「え、そんな事を彼女が!」
 僕は驚いた。姫は確かに芯の強さを持ってる人だった。でも、そんな豪胆さまで持っていたとは。いや、持たざるを得なかったのか。そう思うと自分は何をやってきたのか。姫の元を離れて、ただ好きな絵を描いて、姫に出会えて浮かれて、いつかまた会えると慢心していて。こうしていざ戻ってきても、キャップやみんなに守られてるだけ。偉そうに救うなんて言って…… そもそも、自分のやるべき事は……。その考えを断ち切るようにキャップが僕の目の前に手を伸ばし、無言で止まれと合図した。すぐ前に出口があった。淡い光が差し込んでいる。キャップが先に出口に向かう。外の様子を伺い、安全を確かめると僕を手招いた。
 隠し通路の外に出た。ちょうど城の中層に位置する、外から二つ目の城壁の上にある広い回廊だった。炎の兵士達がいる門前広場より高い位置にあるので、見つからずに進めそうだった。一歩ずつ、一歩ずつ城内への入り口へ進む。ここのロボット達は正常だから僕達を攻撃してこない、と言うより存在を無視したかの如く振る舞っている。まあ、その方が都合良いんだけど。入り口の手前まで進んだ時、シールドの外から声が響き渡った。
「ちょっとお待ち! そこの泥棒カエルども!」
 驚いて声の方を向くと、シールドの外側で翼を羽ばたかせた二匹の竜が飛んでいた。その背にまたがった炎の八部衆がこちらを見ていた。ひとりは紫の髪を揺らしながらニヤついている。ピンクの髪の兵士は僕達に投げキスを送って小馬鹿にした表情で見ている。それぞれの竜の尾には鎖が垂れ下がり、その先端には傷だらけのゲコとフロッグが縛られ吊るされていた。ゲコは振り解こうともがいているが、フロッグは動く事も出来なそうだった。

「なんて事を!」
 僕は叫んだ。紫の髪の八部衆が答える。
「こいつらを殺して欲しくなければシールドを破壊しちゃいなさい。内側からなら、ほら、そこの発生装置を壊せばいいんだよ!」
 氷のロボット兵が銃を構える。しかしシールドがあるので打てない。内側からも反射してしまうからだ。
「くそ!」
 僕はキャップを見た。キャップは顔色ひとつ変えずにただ八部衆を睨み返していたが、一度目を瞑り、再び目を開けた時には落ち着いた表情で
「やればいい。シールドは壊さない」
 と言った。僕は驚いた。決まっている仕事を淡々とこなすような表情。
「どうして? みんなが、幼馴染なんだろう?」
 キャップは何も答えない。その手は痛々しいほど強く握られていた。キャップの想いに胸が痛くなる。そうだよね、キャップも辛いんだ。キャップはそのまま翻り、城内への入り口へと進む。
「でも、待ってキャップ!」
 僕はキャップの背に手を伸ばした。だけど、その手を追い越すように何かが走り抜けた。
「お命頂戴!」
 その影がキャップの背中を蹴った。その足先には刃が付いていた。キャップの背中から血がほとばしる。
「ぐぁ!」
 キャップも振り返りながら剣を抜く。キャップの素早い剣先を避けて、その影は飛び上がり、城壁の上に立つ。ロボット達が銃を構えて撃った。それを嘲笑うようにひらりとかわして、ひとつ、またひとつとロボットを破壊してゆく。
「あんたらのパスコードが命取りだったな。それを追いかけてみたらあら不思議、城の中に入れたって寸法ですよ、ご馳走さんです!」
 そう薄ら笑いを浮かべた兵士。他の兵士とは違い派手な装飾を纏っている。そうか、こいつも八部衆のひとりだ。きっと隠れて索敵していた奴だ。怒りが湧き起こる。
「くそ!」
 僕は剣を抜き、その兵士に振り下ろす。兵士は軽々と飛んで、逆立ちしては回転して、ピタッと止まる。そしてもう一度高く飛んで反対側のキャップの元へと降りる。そして倒れているキャップの頭を足で踏みつけた。

「隠密な行動では俺の右に出るものはいない! 俺は炎の八部衆のブレイク。さあ、破壊してもらおうか、そこのお前がな。裏切り者の炎の星の民よ」
 ブレイクと名乗った男は頭の緑色の髪をひとなでしてから僕を指差した。
「ほら、その壁の下にあるアンテナ。あれがシールド発生装置の一つだ。その剣、ぶっ刺せよ」
「出来ない。そんなこと」
「いいのかい? こいつがどうなっても。それに外の奴らも」
 ブレイクは冷笑を浮かべて、押し潰しているキャップの頬に足先の刃を突き立てる。赤い血が滴り落ちる。
「やめろ!」
 僕は叫んだ。シールドを破壊すれば姫が危ない。でもキャップは今にも殺されそうだ。力のない自分に腹が立つ。何か、何か出来ることはないのか。その時キャップが言った。
「おい、やっぱりあんたを連れてくるんじゃなかったよ」
 キャップは声を大きくして叫んだ。
「とっとと、シールドを破ってくれ!」
「え…… なんで?」
 僕は戸惑った。あんな信念を持ったキャップが言う言葉じゃなかったから。
「疫病神なんだよ、あんたは! さあ、早くしてくれ。だから彫刻家は嫌いなんだ」
 彫刻家? そこで気が付いた。キャップは嘘を言っている。でも何の為に?
「なんか言い返せよ! この彫刻家が!」
 そうか、これは時間稼ぎだ。僕はキャップの喧嘩に乗った。
「うるさい! お前達が頼りないからこうなるんだろう! このカエルやろう! おたまじゃくしに戻れよ!」
 キャップの顔が真っ赤に染まる。
「おい、言っていい事と悪いことがあるぞ! てめえ、ぶん殴ってやる!」
「ああ、やってみろよ。踏まれている分際でさ」
「あんだと…」
 呆れたブレイクが口を開く。
「おいおい、情けないねえ。ここにきて仲間割れ。よし、ここでやりあえ」
 そう言ってキャップの首を掴み立たせて僕の前に突き出した。
「さあ、惨めなもの同士。もっとも惨めなやつ決定戦って事でさ!」
 その瞬間だった。ブレイクのすぐ横に何かが迫った。ピヨンだった。首筋にクナイを刺す。
「え……?」
 ブレイクは何が起きたかわからないようだった。クナイを引き抜くと一筋の血が流れ落ちる。
「隠密行動で右に出るやつはいないでヤンス」
 ピヨンの言葉を聞きながらニヤリと笑ってブレイクは静かに倒れた。

「お待たせでヤンス。大丈夫でヤンスか、キャップ?」
 そうピヨンは言って倒れそうなキャップを肩に抱える。
「ああ、急所は外れているから。でもどうしてここへ?」
「リーダー達と別れた後に変な動きをしている奴がいたから追いかけてきたでヤンス」
「そうだったのか。助かったよ、ピヨン」
 キャップはピヨンに微笑んだ。そして僕を見る。
「しかし絵描きさん、よく気付いてくれた。ありがとう。でもおたまじゃくしは俺達にとって禁句だぜ」
「…… あ、ごめん。でもどうしてピヨンがいるって分かったんだい?」
「ブレイクってやつの背中を見てみな。カエルのシールが貼ってある。ガキの頃からピヨンは悪戯でどんなに自分より恐ろしい奴でも誰彼構わずシールを背中に貼ってたんだ。それが見えたからな」
 こんな状況でシールって。でもどんなシールだろう。そう思ってブレイクを見ようとしたら、血の跡だけでブレイクの姿はなかった。
「お、おい。こんなんで勝ったと思うなよ」
 振り返ると口から血を吐きながらブレイクは城壁の櫓の屋根に立ってジャケットを広げていた。その身体には爆弾がくくりつけられていた。
「炎の星、万歳!」
 まずい、そう思ったのも束の間、ピヨンが僕とキャップを掴んで城内へ続く入り口へと飛び込んだ。ブレイクの笑い声が響く。そして大きな爆発音がして建物が揺れた。
「くそ、やられた」
 キャップが傷口を押さえながら黒煙が溢れる方へと歩き出す。僕もついて行く。煙が消えるとそこは瓦礫の山と化していた。そしてシールド発生装置も消えてなくなっていた。見上げると虹色の被膜のようだった巨大なシールドにヒビのようなものが入っていた。
「シールドが破壊されたの?」
 僕は焦った。なだめるようにキャップが落ち着いた声で答える。
「大丈夫、あれぐらいじゃまだ破られないさ。装置は何箇所もある。一つだけじゃヒビが入るくらいだろう。それじゃ敵はすぐには入ってこれない。だからまずは城内へ入り、姫達の安全を確認しよう」
「分かった。でもゲコとフロッグは?」
 僕が聞くとキャップは俯いた。
「ピヨン、ゲコとフロッグのところへ行け。そして秘密通路は壊すんだ。奴らが入って来れないように」
「でもリーダー、その身体じゃ無理でヤンス」
「大した事ないさ。頼んだぞ」
 ピヨンは頷くと秘密通路へと走り去った。
 そうして僕達が城内へ戻ろうとした時だった。地鳴りのような音が聴こえた。それはあっという間に城を震わせるほど大きな音となった。それは太鼓の音だった。シールドのすぐ外に、スピーカーを吊り下げた竜がいる。その上に跨る身体の大きい男が太鼓を打ち鳴らしている。その音に合わせるように翼を羽ばたかせながら、八部衆達がシールドのひび割れの前に集まってくる。その後ろに一際大きな赤い竜が飛んできた。それは大きく旋回し、高く舞い上がると空へと大きな炎を吐いた。その竜の背に乗った赤いマントを着た戦士が剣を掲げていた。
「イェーイ! よくやったぜブレイク! あとは俺に任せな! さあ、踊ろうぜ、お前ら!」
 そう言って回転しながらさらに高く飛び上がってゆく。
「待ってました皇子! さあ、道を開けろ! 皇子のおなりだ!」
 八部衆達はワルツでも踊るかのようにクルクルと回って周りに散った。
「もうこいつらも用済みだぜ」
 八部衆が尻尾に吊るしていたゲコとフロッグを離した。二人は落ちて地面に叩きつけられた。
「何すんだ! ああ、ゲコ、フロッグ!」
 僕は城壁に乗り出す。
「待て、あいつが来るぞ」
 キャップが指を差した。その先で大きな赤い竜が回転しながら猛スピードでこっちに飛んでくる。竜は大きく口を開き炎を吐いた。それは赤からやがて青に変わり、さらに紫色の炎になってシールドの割れ目に向かって注がれた。シールドのひび割れがどんどん広がってゆく。
「やばい、持たないぞ。破られる。行くぞ、中へ!」
 キャップが僕の腕を掴む。でも、僕は動けない。
「おい、どうした、絵描きさん!」
 キャップの声が遠くに聴こえた。でも僕はその赤い竜にまたがる男から目を離せない。やがて、シールドのひび割れは溶け出して菱形の穴を開けた。炎が溢れ出る。その炎を引き裂くようにシールド内へ竜が飛び出てきた。
「ヒャッホー! 待っててくれよ、お姫さま!」
 そう叫んで僕達を見ることもなく、頭上を飛んでいった。

 あいつだ。こんな形で会うなんて。
 兄さん、あんたは何がしたいんだ。

 頬を叩かれた。我に帰ると目の前でキャップが叫んでる。
「急ぐぞ、姫達が危ない」
「ああ、行こう」
 僕達は城内へと走り出した。