私はヒップライトの手の上に座り、空を眺めていた。沢山の星の海。静寂の中を私達の船は小さな白い光を放ちながら進んで行く。ヒップライトが座り込むスペースぐらいしか無い小さな船。これはあの魔法使いが私達にくれた船だった。私は氷の星を旅立つ時のことを思い出す。

 私がうたた寝をしていた時、大きな揺れがきた。魔法使いは私をケースから出すと言った。
「この星はもう終わりじゃ。逃げなされ。私の船がある。ヒップライトと共に行くのじゃ」
「何処ヘデスカ?」
 ヒップライトが聞くと魔法使いは微笑んで答えた。
「故郷、地球じゃ」
 私は驚いた。地球。人間の故郷の星。でも帰る道は失われたはず。不安そうな私の心が分かったのか魔法使いは言った。
「大丈夫。はるか昔に私は地球より皆を連れてやってきた。道は知っている。それに私は皆に約束したのじゃ。いつか地球へと帰ろう、と」
 そう言うと私の頭を人差し指で軽く撫でた。
「生き残った者達も大丈夫。私のディーバ達が道を示してあげるじゃろう」
 魔法使いの瞳は優しかった。パパの瞳に似てた。私は背伸びして魔法使いの頬に触れる。一緒に行かないの? そんな私の思いを理解したのか微笑んで答えた。
「この時の為に私は生かされてきたのだ。命を繋ぐ為に。そなたに会えて本当に良かった。もう思い残すことはない」
 魔法使いは空に手を掲げる。
「姫として背負った運命はここに終わった。行きなさい、愛しい子よ。生まれ変わった美しき蝶、ミスバタフライよ。今度こそは自分の為に羽ばたきなされ!」

「姫サマ?」
 ヒップライトの声で我に帰る。あの時、私達が船に乗り込むと氷の星はあっという間に崩壊した。別れ際、魔法使いは笑って泣いていた。私は窓の外のきらめく星の海を見た。涙でぼやける。それをピンク色の手で拭った。
「姫サマ。少シ、寝タ方ガ良イカト。眠レナイデスカ?」
 ヒップライトはそう言うと唄を歌い始めた。

グッドナイトソング
広い海へ飛び立つ君へ
グッドナイトソング
君こそ愛 心はそばにある いつまでも

 それは小さい頃、ママとパパがよく歌ってくれた子守唄だった。どうして知っているの? 私が首を傾げるとヒップライトは歌を止めて答えた。
「ズット昔ニ、オ母サマヨリ、教エテ頂キマシタ。姫サマガ眠レナイ時、歌ッテアゲテト」
 そう言うと歌を続けた。私の目からまた涙が溢れた。それはあったかくて心地良くて、意識が遠くなってゆく。遠くで声が聞こえる。
「……姫」
 懐かしくて愛おしい、その声が私を呼んでいた。

 こうして三つの惑星は壊れて無くなった。
それでも……

長い夜を越えて
星の海を越えて
燃える空を越えて
物語は続いてゆく。

 絵描きは希望を描き、姫は生まれ変わり旅立つ。
 それぞれの命を時が運んでゆく。

 そして、三惑星最後となった炎の星が壊れる時、一つの光の粒が宇宙へ飛び立った。それは姫の船の後ろを追いかけるように付いてくる。
「逃がさない」
 炎の皇子だったものが囁いた言葉は、誰にも聞かれることなく宇宙の闇に溶けていった。

 さあ、続きを聞かせてあげよう。
また出逢うその時に。