炎の星。地響きの後、皇都の中心にある赤の塔が真ん中から真っ二つに割れて崩れ落ちた。誰もがその光景を現実とは受け入れられなかった。唖然とする炎の星人達を呼び戻す様に地鳴りが響き渡る。大地は裂け、炎を巻き上げ、山は噴火し黒煙と噴石を撒き散らした。人々は逃げ惑った。我先に脱出船を奪い合う。定員オーバーでしがみつく人々もそのままに浮き上がった船。その船を噴石が狙いを定めた様に降り落ちて来る。射抜かれた船は地面へと落ちてゆく。炎の星人の子供はそれをゲームの世界の様に呆然として眺めていた。空には見慣れた氷と水の星が浮かんでいた。でも、いつもと違うことに気付いた。それらの星でも光が瞬き、震えている様に見えた。あっ、と指差した子供を母親が抱き抱えて、避難出来る場所を探して連れ立って行った。

 水の星。小さな赤い生物がひらひらと飛んで行く。
「あれ、ヨミシラズでねえか、じっちゃん!」
 波に揺れながら水の星人の子供が言った。隣にいた祖父と見られる男が言った。
「んだ。あれはこの星で一番でっかい生き物の子供なんだよ。悪いことが起きる前に子供さ産んでおくんだとよ。なんか起きんだべか? 気をつけろよ、エイジ」
「んだ、帰んべ。じっちゃん」
 そう言って島へと引き返そうと向きを変えた時だった。大きな音がした。海の先に大きな波が生まれていた。二人の方へ迫って来そうだ。
「急げ! やべえぞ」
 海の底から呻き声が聞こえる。それは長年の痛みを抱えて我慢してきた星の声だった。その声は海を割り、嵐を呼び、人々を襲った。エイジと呼ばれた少年はその光景を目に焼き付けながら、村にある飛行艇に何とか乗り込み、村の者と共に空へと逃げて行った。水の星の沢山の村と人が消えてゆくのを見届けながら。

 氷の星。突然、吹雪が止んだ。いつも空を覆っている分厚い雲が全く無くなった。雲ひとつない空。そこに稲妻が行き交う。空は花火の様に瞬きを繰り返し、太鼓の様な音を響かせる。誰かが叫ぶ、これは勝利を祝う神からの贈り物だ、と。生き残った全ての者達が空を見上げていた。ただ一人を除いて。それは絵描きだった。絵描きは目が見えなくなっても、地面に這いつくばり手探りで道を進み姫を探していた。枯れて擦り切れた声で姫を呼び続けながら。

「姫! 姫」
 絵描きさんは地面に這いつくばって手探りで瓦礫を退けては叫んでいる。ぬかるみで転んで服は泥だらけだ。
「無理しないで。少し休もうよ」
 私は彼の背をさすりながら言った。でも彼は私の手をそっと跳ね除けて
「いや、ラヴィ。まだだ」
 と言ってはふらふらと立ち上がり歩き出した。もう探せるところなんてない。それでも
「城の裏手をもう一度見てみましょう」
 と言ってしまう自分がいた。心の奥でこの人とまだ一緒にいたい思いがあった。出会った時の彼は志があって、切羽詰まっていたのに明るい表情だった。そんな彼に惹かれた。そして今、そんな彼が辛い目にあって絶望に打ちひしがれている姿に自分を重ねてしまっていた。私も沢山の大事な人を亡くした。放って置けなかった。
「ああ、そうしよう」
 彼は力なく頷く。私達は城の裏手を目指して歩き出した。
 空が唸り、地面が揺れた。目が見えない彼を支える。私達は歩みを止めた。また揺れた。さっきより強い。空と地中から低い音が響いてくる感じがした。それはだんだん大きくなってこっちに向かってくるようだった。
「なんか、おかしいよ。どこか安全な場所に行きましょう」
 そう言って戻るよう、彼にお願いした。その時だ。一瞬身体が宙に浮いた。地面が大きく揺れたのだ。それに続けて爆発音が至る所から聞こえた。城にいる人達が
「空に光の柱が!」
「あそこにも!」
「どんだけあるんだ!?」
「逃げろ!」
 と、口々に叫ぶ声が聞こえた。揺れは激しくなってゆく。急ぎ足で中庭へ戻る。怒号が響き渡る。これは何? 炎の星の攻撃なの? 息を切らしながら周りを見渡す。大地が裂けてゆく。山から炎と黒い煙が立ち上る。裂けた大地から稲光が空へと向かって解き放たれている。
「まるで星が、星が怒ってみたい。街が、人が……」
 私達は転びそうになりながらも急いで進んだ。

 中庭にはカエルの法王様がいた。
「何が起きたんです?」
「星が壊れ始めておる。各地で地面が裂け、爆発が起き、甚大な被害が出ている」
「なんてことなの……」
「しかし…… 問題はそれだけではない。氷の星以外の水の星も炎の星も同時に崩壊して始めたんじゃ。今すぐ船に乗り込みなさい」
 法王様は左手で船を指差した。それはとっても大きな宇宙船だった。弓形に曲がった光る帆が輝いている。なんて神々しい船なんだろう。その入り口に沢山の人々が群がっている。水の星の星人がどの星の人でも関係なく誘導しては乗り込ませていた。
 私は絵描きさんの手を掴んだ。そして、その手を引いて乗り込もうとした。でも私の手は強い力で引き戻される。
「ぼ、僕は行かない。姫を助けるんだ」
 何言ってるの? 分かるけど、もうそんな場合じゃない。
「ねえ、分かるでしょう。これってやばい状況なの! 法王様の話、聞いていたよね? 星が壊れるの。ねえ、急いで乗り込んで」
 私は負けじと手を引っ張る。
「嫌だ! 僕が、僕が姫を助けなきゃ」
 そう言って絵描きさんは崩れ落ち始めている城へと戻ろうとした。ダメ! 私は思わず、彼の頬を叩いた。
「姫様がそんな事を望むの? もし姫様がここにいるならきっとこう言うわ! 生きろって! だってあの時だってみんなにそう言ってくれたじゃない! そんな姫様の思いをあなたは、あなたは……」
 涙が勝手に溢れてきた。私は続ける。
「お願い。姫様の為にも。ねえ、生きて」
 彼を抱きしめる。彼は震えていた。彼の心が、魂がどこかへ行ってしまわぬように強く強く抱きしめた。彼は力なく頷き、ひどく小さな声で囁いた。
「ごめん」
 その言葉がいない誰かに向けられたものなのか、私に対してだったかは分からない。でも、私はもう一度強く彼を抱きしめた。そして力が抜けた彼の肩を支えながら船の入り口へと足を進めた

 私達と法王様を乗せて、入り口ハッチは閉まる。船は大きな音を立てて宙に浮かんだ。船の中は沢山の人でごった返していた。その人々をかき分けて窓際に進んだ。私達の街が小さくなってゆく。白い大地に咲いた小さな花のような街。その姿を目に焼き付ける。裂け目は大地を引き裂き広がってゆく。やがて街も裂け目に落ちていった。城も飲み込まれる。白い炎が巻き起こる。私達の大切な故郷が消えてゆく。私達が乗る船が高度を上げると周りに護衛の船も集まってきた。それぞれの船の窓から沢山の人々が氷の星を見下ろしているのが見えた。どの船も沢山の人を乗せているのだ。
 星の怒りは収まらないようだった。裂け目からは大きな爆発が起き大地を吹き飛ばしている。裂け目はより大きくなり稲妻も大きくなる。地面から飛んできた沢山の噴石と、空で生み出される無数の稲妻は、船を目掛けて飛んでくる。まるで私達を逃すまいと捕らえるかのように。大きな衝撃で船が揺れる。船内は悲鳴で溢れる。隣で法王様が窓に張り付くように立っていた。その目線の先には一つの小さな船があった。素早く動くその船は飛んでくる噴石を撃ち落とし、大きな船達を守っていた。その船が目の前を通り過ぎる時、その船にキャップ達がいるのが見えた。良かった。無事だったんだ。そう思った時だった。
 大きな稲妻が向かってきた。それはキャップ達の船を上から下へと貫いた。
「なんて事だ!」
 人々が叫んでいる。キャップの船は炎に包まれた。そしてゆっくりと軌道を外れ下へと落ちてゆく。私は法王様を見た。法王様は口を固く結びその光景を見ていた。その視線の先のキャップを改めて見た。窓の向こう、落ち行く船の窓際にキャップ、ゲコ、フロッグ、ピヨンの四人は並んで敬礼をしていた。