8 フォーチュン
煙と炎を吐き出しながらキャップの船は落ちてゆく。そして眩しい光を放ち粉々に爆発した。私は目が見えない絵描きさんの為に状況を説明しようとした。
「キャップ達の船が…… 墜落、してしまったの」
あまり辛くて、涙が溢れてしまう。
「嘘だろう、キャップ? ゲコ、フロッグ、ピヨン」
絵描きさんはその場に倒れ込んだ。隣を見れば法王様は固まったまま窓の前に立ち尽くしていた。
何故、こんな事に。私は何を恨めばいいのだろう。運命はどうして、私達を苦しめるの? 窓を叩く。外を見る。空に浮かぶ水の星が真っ二つに割れた。炎の星は火柱を上げている。眼下の氷の星は蜘蛛の巣の様に亀裂を広げている。その光景は、まさに世界の終わりだった。意識が遠くなる。絶望に飲み込まれる。誰もが無口だった。沢山の人で溢れている船内は驚くほどの静寂に包まれた。
私達の船は宇宙へと逃げのびた。でもここまで辿り着いたのは数隻。ほとんどの船が荒れ狂う稲妻と噴石によって落とされてしまった。そこへ他の星からの避難船も集まってきた。やっぱりその数は少ない。きっとほとんどの人が助からなかったんだ。絵描きさんは壁に寄りかかって座り込んだまま何も言わない。私は隣に座り込む。その手をそっと握る。冷たくなった彼の手。少し時間を置いてから、そっと私の手を握り返した。
その時、船内に叫び声が響いた。
「お前らのせいだ!」
「そっちが始めたんだろう?」
星ごとに集団を作り、睨みあっている。今にも殴り合いになりそうだった。息巻いている連中の中には私がいた氷の星の民兵達もいる。私は立ち上がる。
「やめて! そんなことしている場合じゃない!」
でも私の声は届かない。みんなすごい形相で睨み合う。私じゃだめだ。周りを見渡す。人混みの向こうに法王様を見つけた。この状況を法王様は黙って見ていた。その目に生気は無い。そうだ、大事な子供を無くしたんだ。とても辛いと思う。でも今、この状況を止められるのは法王様の様な立場の人だけだ。私は人をかき分けて法王様の元へ近寄る。その時、風が吹いた。密閉された船内なのに風が吹くなんて。落ちていた紙や帽子が宙を舞う。私は不思議に思って、それらを目で追いかけた。その行く先には目を閉じる法王様がいた。法王様は何かに気が付いた様に目を開けると、私の方へとゆっくりと向かってきた。法王様は私の肩にそっと手を置き、少し笑って頷くと睨みあっている集団へと進んで行く。
「やめよ!」
信じられないくらい大きな声だった。みんな驚いて法王様を見つめる。
「皆に話がある」
法王様がそう言うと側近達は頷く。船内のモニターに法王様が映る。
「みんな、聞いておくれ。
誰もが大切なものを失った。仲間を、友人を、そして…… 家族を。
私も息子を失った。命より大切だと思っていた子供を。
周りを見てくれ。誰もが傷付き疲れ果てている。本当はもう奪われたく無いし、奪いたく無い。誰も争いたくは無いのだ。
酷い運命、残酷な運命。確かにそうだ。
しかし、そのまま受け入れるのか?
無くした命に何と言う。
無駄死にだと言うのか?
私は違う。
この運命を恨むのでは無く
意味あるものに変えたい。
無くした命に伝えてあげたい。
あなたの死が私を進ませた、と。
さあ、この逆境に名前をつけてやろう。未来の為の運命だったと。
それが出来るのは明日の自分だけだ。
氷の姫も言っていた、生きろと。
運命が私達に問いかけている。答えてやろう。受けて立つと!」
みんなが法王様の話を黙って聞いていた。絵描きさんも顔を上げて聞いている。誰かが叫ぶ。
「でも、どこへ行くって言うんだよ!」
「もう、故郷は無い!」
「ここでみんなのたれ死ぬんだ!」
法王様はその声を制するように手を広げる。
「沢山の命が糸のように紡がれ続いてきたからこそ、今の私達がいる。途中で途切れた命の糸もあっただろう。それでも皆で絡まり合い、繋げてきたからこそ祖先は三つの惑星へと辿り着いのだ。しかし、その新たな居場所である三惑星も失ったのであれば…… 私達は力を合わせて行かねばならぬ。それは…… 故郷、そう地球へ帰るのだ!」
みんながどよめく。法王様はみんなをゆっくりと見渡す。法王様の後ろに三体の美しいロボットが並び立った。金色、銀色、桃色に輝くその姿はまるで女神のようだった。
「遥かな昔、この三柱の女神、ディーバ達は我らの祖先と共に三惑星へとやってきた。帰る道は女神達が知っている。さあディーバよ! 今こそ我らと共に三惑星を去り、故郷へと導いてくれ!」
ディーバ達が手を掲げ歌を歌い出す。その力強い歌声は暗く冷たく固まった心を温かく溶かしてゆく。法王様は強く握った拳を上げた。
「行こう、地球へ! いなくなった者達の為に。生きねばならぬ私達の為に」
その言葉に呼応する様にみんなが口々に声をあげる。
「おう! 行こう!」
「ああ、もう憎しみあってもしょうがねえ!」
みんなが手を振り上げる。大きな歓声は船内を包み込む。
「さあ名付けよう。これは故郷へ帰る為の運命(フォーチュン)なのだ!」
法王様がそう宣言するとみんなが大きく「フォーチュン!」と声を合わせた。一つに合わさった大きな声はいつまでもいつまでも続いていた。

そんな喧騒の中、絵描きさんは黙ったまま窓の外を眺めるようにもたれかかっていた。
「これが、運命だというなら……」
彼がそっと呟く。私はそっと彼の背中をさする。何も言えない。彼の心には姫様がいるんだろう。だから私は黙ってずっとその隣にいた。姫様の代わりにはなれないかも知れないけど、自分らしく笑って彼を支えてあげよう。私はそう思った。真っ暗な宇宙に沢山の星が瞬いていた。星の海。その中を白い一筋の光が横切ってゆく。まるで流れ星のよう。船より速いそれはあっという間に私達を追い抜いてゆく。私はその流れ星に願いを込めるように手を合わせて祈った。
どうか、姫様とこの人がもう一度、会えますように……
その時、隣で泣き声が聞こえた。そこにはウサギの耳を持った小さな男の子が膝を抱えて蹲っていた。
「お母さん、お父さん…… みんないなくなっちゃった」
きっとこの子だけが助かったんだろう。私はその子を抱きしめた。男の子は声を上げて泣いた。不意に絵描きさんが私の肩を叩いた。
「ねえ、ラヴィ。何か描くものを持っていないかい?」
「え、描くもの? だってあなた、目が見えないんじゃ……」
「いいから頼むよ」
こんな時に、って思ったけどポケットからメモとペンを渡した。彼はそれを受け取るとペンを走らせた。すぐに描き上げてその絵を泣いている男の子に見せた。男の子は不思議そうにそれを見つめていた。私もその絵を覗き込んだ。ウサギ達の親子。楽しそうに笑っている。でも目があまり見えないからか、絵のバランスは少しおかしい感じ。それが余計に可愛らしく感じさせた。男の子は泣き止み、涙を溜めた瞳でずっとそれを見つめていた。不意に男の子はその絵を彼から受け取ると、胸でそっと抱きしめた。そして小さな声で呟いた。
「ありがとう」
不思議な感じだった。まるで柔らかな風が吹いたみたいだった。私は絵描きさんを見つめた。彼も私を見つめた。
「朧げにしか見えないけど、僕に出来るのは絵を描く事だけだから。だから描くよ。それに約束をしたんだ、絵を見せるって」
そう言って、そっと優しく微笑んだ。